| Apr / 2006 | ||||||
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| 04月 | 19日 | 夜がきた | |
| 18日 | 晴天だ | ||
| 17日 | どーでもいいんだ... | ||
| 17日 | 言葉の威力は言葉... | ||
| 15日 | 川中島 |
そのてんテキサスはこうだ
「今日は、どーでもいいんだけど」
と、前置きを入れ、読み人にお伺いを立てつつ
「枕にカバーをかぶせるのが早くなったんだぜ」
とどーでもいいことを言って
「でも枕カバーのチャックが壊れたんだ」
と、問題提起してから
「だからちょっとブルー」
と感想をいれつつも
「だけどテキサスの道は太陽ロードだから今日も最高だった」
って言って気持ち良くなってから
気持ち良く明日ちゃんと目がさめるように気持ち良くなってから寝るんだ
ああキモチイー!
つーかそもそも、やってることがおかしいぜ。謙信は父親が死に権力闘争を勝ち抜いて国主となってから2回、出奔してるんだぜ。大名が嫌になったみたいだぜ。一回目の家出はいつもまとまりの悪い家中の人達を、自分が姿をくらますことで困らせて、逆にみんなをひとつにまとめようっつー意志があったんじゃないかって話もあるが、二回目はちょっと本気の現実逃避だったみたいだぜ
そんな性根のヤツが軍隊を率いちゃいけないが、しかし謙信は人に担がれるに足るカリスマがあり現実的に戦闘の達人だった。そして「義」の一字にウットリ溺れた毘沙門天の化身ことナルシシズムの権化的戦争マニアだった。そして自分で自分を軍神っつーだけある戦術の天才的な使い手だったんだからまったくもって質がワルイぜ。
謙信は1万人の兵隊を使うのが好きだ。1万人くらいがよく動かせて調度いいっていってんだけどもうそれだけで絶対に天下とれないよな。そんで謙信はその1万人を率いよく戦い常に勝った。勝つが領地経営はしなかった。ほったらかした。だからまた取られ、また取り返したりした。なんでそんなことすんのか。なんでか
謙信は関東を監督する関東管領っつー足利幕府の役職に着いていたんだが、戦国時代において有名無実のその肩書を手に入れた時から俺は関東を監督する人だと自分を規定した
お前は部長だと言われて、そうか俺は部長かって思いこんで、ありもしない会社に忠誠を誓い、いもしない部下に命令するようなノリだぜ
そんな謙信だから、領土を拡げて建設的にガンガンいこうぜってことにはならなかった。なぜなら謙信は謙信の中ですでに関東で一番偉い人だったからだ。そして謙信は謙信の関東で悪さする奴に負け知らずだ
野心が無いのに最強を振り回すのは台風みたいな暴力っぽさがあとに残るだけだぜ
謙信が弱かったら沢山の人が死なずにすんだろう。そーいった意味で謙信は戦国時代にあってマッタクの徒花、迷惑のかたまり、上杉の隆盛がなければ家康の安泰日本はもっと早く訪れたんじゃねえのか